2007年04月10日

●海からの使者イルカ 藤原 英司 (著)より 

海からの使者イルカ 藤原 英司 (著)より 

・イルカに組みついて出刃ぼうちょうで刺し殺そうとする男や、港にイルカを追い込んで殺している写真に、”勇者イルカとり”といったタイトルをつけた新聞記事は、人間の身勝手さを露骨に示しているように思われた。

生き物を殺すことを勇壮だとする考えは、今日でも未開部落の中に見られるし、文明人の中でも、生命に対する自覚の乏しい人々の間に、かなり広くみられるものである。

・だが日本では、壱岐のイルカ殺しが国際問題にあるまでは、イルカ殺しに対する反省は微弱だった。わずかにエルザ自然保護の会が1977年の第一回総会でイルカの法的保護を実現しようという決議をした程度である。壱岐のイルカによる漁業被害は1966年ごろから現地で問題になっていたが、これに対して日本政府は数百万円を支出し、イルカを捕らえる網を買って与えた。つまりじゃまならば殺せばいいという方向で問題を解決してきた。

・1978年5月、当時の福田首相訪米に際して、アメリカでは首相のホテルにクジラやイルカを殺すなというデモ隊がおしかけた。
 こうして日本政府は初めてイルカを殺さずに追い払う研究に着手することになり科学技術庁に特別予算として1978年度に3700万円を割り当てた。この研究は音波などを利用してイルカを追い払う研究をしようというもので、イルカを食うシャチの声の利用研究などがはじまっている。

・そもそも壱岐の島周辺での漁業被害というのは、日本や韓国などの漁民が魚をとりすぎたためと思われるふしがある。日本漁民の乱獲漁法は今日世界的に有名だが、壱岐でのイルカ殺しが問題になった数ヶ月後には、茨城県沖で漁民がサバをとりすぎて採算割れになり、漁港の岸壁にサバを山積みにしてすてていった。こういうことは四季を問わず日本のあちこちでおこっている。サバはイルカの餌でもあるが、やがてサバが値上がりすると漁民はサバをとりにふたたび海へでるが、その時にイルカに出会ってイルカがサバを狙ったりすると、イルカが漁業の敵だという。しかし、イルカとともにたべるべきサバを、用もないのにとりすぎてサバ不足の原因を作ったのは人間のほうであろう。

 このような根本的な反省をしないまま、イルカの被害をいいつのる論法には大きな誤りがあるといえる。イルカを殺さずに追い払う研究も結構だが、イルカの被害をおこさせない対策のほうがもっと大切である。

 壱岐のイルカ問題
については、エルザ自然保護の会、会員高橋俊男氏のすぐれた調査報告があるが、それによって明瞭に指摘されているとおり、九州海域に生息するイルカの正確な生息数さえいまだにつかめていない。

推定30万頭という数字は、1965年に長崎大学がわずか3日間、それも午後だけ船でイルカを捜し、イルカが見つからないまま、それ以前に推定した数値を生息数にしてしまったにすぎないものだ。

しかもこの推定生息数をもとに1頭のイルカが食べる推定魚量を掛け合わせて、年間220万トンの魚を食べると発表した。

 長崎魚市場に水揚げされる年間の浮魚類(サバ、イワシ、カタクチイワシ、イカなど)は、10万トンで単純に比較すればイルカが22倍の魚を食い尽くしているという計算が成り立つ。イルカがどういう魚を食べているのか、あるいは一見多量の魚を食べていても、じつはそれは魚群の繁殖力を刺激する役割を果たしているかもしれないというような考察も研究も一切なされないまま、ただ大量の魚をくうというイメージだけが拡大して意識され、”食害”をいいつのる口実とされる。

 しかもこうした十数年前の幻の数字をもとに、壱岐のイルカは少々殺しても絶滅の心配はないという見解を堂々と新聞に発表する海洋学者まで現れる始末で、学者としての資質さえ疑いたくなる。

野生生物を”間引く”べきかどうかという発言には、必ず正確な生息数の裏づけと、その堂打つの生態的役割の解明がなされた十分あ資料がなければならない。今日の日本ではイルカにせよ、カモシカにせよ、この種の基礎資料がないか、きわめて不備なまま、動物たちの運命を決めようとしている例が多い。このようなやり方は学問的には幼稚であり、哲学的には生命の尊厳をふみにじる不遜なことというべきであろう。

・ニュージーランドでは1979年1月1日に海洋ほ乳類保護法を施行し、同国の200カイリ経済水域内で、すべての海洋ほ乳類の完全保護を実施した。こういう法律が議会を通過する背景には、本書でのべたような歴史的経過が大きく作用しているが、わが国でも、これをただ国情のちがいと簡単に片付けてしまうことなく、新しい人類の知恵として生かす道を考えてほしいと思う。

・・・壱岐のイルカ殺しや世界の海でのクジラ殺しにアメリカ大統領が発言したことが、一般の日本人には奇異なことと映っているようだが、種の絶滅を環境の悪化と結びつけて考えるとともに、人類の未来にとって恐るべき危機として認識する欧米の常識からすれば、これは当然の反応であり、イルカや野生生物について発言できる閣僚が一人もいないというわが国のほうこそ、国際常識からかけ離れた後進性の典型というべきである。

 野生生物や環境問題をめぐる国際常識と野生生物の生命にまるわる新しい倫理要請などのすべてが複合して、米議会でのイルカ問題審議につながっており、壱岐のイルカ問題の際、わが国のマスコミでとりざたされたようなアメリカの反応をヒステリックとする見方は、著しく見当違いといわざるとえない。

海からの使者イルカ 藤原 英司 (著)
藤原英司氏は、野生のエルザ、シートン動物記などの翻訳者として有名ですが、翻訳本、ご自身での著作物をあわせて約200冊ほどのご本をだされている方です。
その著作、海からの使者イルカの中には、イルカ猟賛成派などからの反論に対する意見が数多くあります。
是非読んでいただきたいお勧めの一冊です。
同じタイトルで著者名が違うものがあるのでご注意ください。


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