2007年04月11日
●薬剤を使った出産の悲劇
P39
どんな出産にも人を変える大きなエネルギーがあるが、できれば自然なお産の中からその変化を見出したい。
多くの病院で行われている不自然な出産だと、悲しい現象を通してしか気づきが得られないことがよくある。
たとえば、薬を使った出産はさまざまな悲劇を生んでいる。
確かに、その悲劇を通して人はおおきな気づきを得て、
「あのときは悲しかったけれど、あんなことがあったからいろいろと学べた」と言えるようになることもある。
しかし、悲しい思いは最小限にしながら、最大の気づきを得る方法がないわけではない。それなら、悲劇が起る前に方向転換を図った方がいいことは言うまでもない。
陣痛促進剤という薬がある。
文字通り、陣痛を促進させる薬で、ホルモンの投与によって子宮を収縮させる。
出産日をコントロールするには都合がいい薬である。
厚生省人口動態統計によると、曜日別に出産数のデータを取ってみると、土曜日、日曜日の出産は極端に少なくなっている。
四十年ほど前の統計では、曜日による変動はほとんどなかったことからすれば、最近になって何らかの人為的なコントロールがなされるようになったと考えてもいいだろう。
また、出生数を時刻別に集計してみると、午後一時~二時のお産が群を抜いて多くなっている。
片桐助産院に入院していたとき、プール(※水中出産用の)が忙しくなるのは夜になってからであることが多かったように感じた。
にもかかわらず、病院では昼の出産が圧倒的に多いということは何を意味しているのか。
薬剤によるコントロールが行われていると考えざるを得ない。
陣痛促進剤による怖い話を二つ。(農文協「いいお産がしたい」より)
1) 31歳、第二子、双胎妊娠(ふたご) 切迫流産で入院中、「もう生まれてもよいころだ」と早朝午前三時に錠剤一錠、四時にまた一錠を服用し、まもなくバーンという子宮破裂の音がして意識不明となり、母児ともに死亡。
2) 29歳、初産 妊婦検診に行ったところ、本人はなんの兆候も感じていないのに生まれかかっているのでと、予定日よりも十二日も早いのに入院勧告。
この病院は自然分娩をしていると言っていたのに「子宮口を軟らかくする薬」とだけ言い、錠剤を一錠ずつ五回服用。間断のない激痛を訴えると、「まだ喋れるから陣痛が弱い」と促進剤の筋肉注射をされる。
分娩監視装置をつけると同時に帝王切開を決定。
児はアプガースコアがゼロ(新生児の健康状態の評価。最高が10点)で出生し蘇生されたが、九日後に死亡。
こういったことを体験することによって、薬や病院、医師に頼り切ることの怖さを知ることになるのだろうが、あまりにも代償が大きすぎる。
医師からは何の説明もなく、促進剤が使われることも多いと言う。
できることなら、薬剤は使わないに越したことはない。
自分と貴重な新しい命を守るためにも、百パーセント病院に依存するのではなくて、自ら正しい情報をきちんと集める努力をすることは、子供を産もうとする親の最低限の役割である。
無痛分娩、帝王切開、吸引、排卵誘発剤、人工授精など、妊娠・出産における医療の問題点は山積みである。ここでは、それらについていちいち述べないが、ぜひ自分で勉強し、情報を集めていただきたい。
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どんな出産にも人を変える大きなエネルギーがあるが、できれば自然なお産の中からその変化を見出したい。多くの病院で行われている不自然な出産だと、悲しい現象を通してしか気づきが得られないことがよくある。
たとえば、薬を使った出産はさまざまな悲劇を生んでいる。
確かに、その悲劇を通して人はおおきな気づきを得て、
「あのときは悲しかったけれど、あんなことがあったからいろいろと学べた」と言えるようになることもある。
しかし、悲しい思いは最小限にしながら、最大の気づきを得る方法がないわけではない。それなら、悲劇が起る前に方向転換を図った方がいいことは言うまでもない。
陣痛促進剤という薬がある。
文字通り、陣痛を促進させる薬で、ホルモンの投与によって子宮を収縮させる。
出産日をコントロールするには都合がいい薬である。
厚生省人口動態統計によると、曜日別に出産数のデータを取ってみると、土曜日、日曜日の出産は極端に少なくなっている。
四十年ほど前の統計では、曜日による変動はほとんどなかったことからすれば、最近になって何らかの人為的なコントロールがなされるようになったと考えてもいいだろう。
また、出生数を時刻別に集計してみると、午後一時~二時のお産が群を抜いて多くなっている。
片桐助産院に入院していたとき、プール(※水中出産用の)が忙しくなるのは夜になってからであることが多かったように感じた。
にもかかわらず、病院では昼の出産が圧倒的に多いということは何を意味しているのか。
薬剤によるコントロールが行われていると考えざるを得ない。
陣痛促進剤による怖い話を二つ。(農文協「いいお産がしたい」より)
1) 31歳、第二子、双胎妊娠(ふたご) 切迫流産で入院中、「もう生まれてもよいころだ」と早朝午前三時に錠剤一錠、四時にまた一錠を服用し、まもなくバーンという子宮破裂の音がして意識不明となり、母児ともに死亡。
2) 29歳、初産 妊婦検診に行ったところ、本人はなんの兆候も感じていないのに生まれかかっているのでと、予定日よりも十二日も早いのに入院勧告。
この病院は自然分娩をしていると言っていたのに「子宮口を軟らかくする薬」とだけ言い、錠剤を一錠ずつ五回服用。間断のない激痛を訴えると、「まだ喋れるから陣痛が弱い」と促進剤の筋肉注射をされる。
分娩監視装置をつけると同時に帝王切開を決定。
児はアプガースコアがゼロ(新生児の健康状態の評価。最高が10点)で出生し蘇生されたが、九日後に死亡。
こういったことを体験することによって、薬や病院、医師に頼り切ることの怖さを知ることになるのだろうが、あまりにも代償が大きすぎる。
医師からは何の説明もなく、促進剤が使われることも多いと言う。
できることなら、薬剤は使わないに越したことはない。

自分と貴重な新しい命を守るためにも、百パーセント病院に依存するのではなくて、自ら正しい情報をきちんと集める努力をすることは、子供を産もうとする親の最低限の役割である。
無痛分娩、帝王切開、吸引、排卵誘発剤、人工授精など、妊娠・出産における医療の問題点は山積みである。ここでは、それらについていちいち述べないが、ぜひ自分で勉強し、情報を集めていただきたい。
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2007年04月08日
●肉食の是非を考える

P160 「食」は、生命とは切っても切れない関係にある。
何十年も何も食べずに生きている超人もいるらしいが、一般的には、私たちは何かを食べなくては生きていけない。
「日本人はクジラを食べるとんでもない民族だ」と、欧米から非難されたことがあった。欧米人は、私を含めたイルカに特別な感情を持っている人がイルカを食べる太地や伊豆の人たちに非難の目を向けるのと同じ感覚で日本を非難したのだろうと思う。
そのとき、日本人の多くが、大きな声では言えなかったものの、「なぜクジラの肉が駄目で、牛肉ならいいんだ」と、欧米人の非難に反発を感じた。しかし、それは何の議論もされないまま、クジラを食べるとはけしからんという理論だけがまかり通ってしまって、牛肉は堂々と食べられている。
牛肉はいいけどクジラの肉はなぜ駄目なのか、私も疑問を感じている。
牛肉を食べているのだからクジラの肉も食べてもいいではないかと言うつもりはまったくない。
逆に、クジラの肉が駄目なら、牛肉も同じように考えた方が
いいのではないだろうか、という疑問があるのだ。
命に軽い重いはないのかもしれない。
しかし命の役割として、植物は動物に食べられることによって種を運んでもらい、
子孫を存続させるという持ちつ持たれつの関係がある。
また、小魚は大きい魚に食べられることを前提として、
大量の卵を産み、適量が残るという自然の営みにコントロールされている。
人間も本来食べるべき食べ物と、そうでないものがあるはずである。私たちの命は食べてもいいものと食べるべきではないものとを知っている。
食べるべきものではない命に対しては、畏れを抱くものである。
それが感情として表れてくるのが「かわいそう」であったり、「残酷だ」という思いなのである。
菜食主義という言葉があるが、私はこの言葉に以前から違和感を感じていた。
と言うのも、食は主義主張で決めるものではないからである。
自分の命に聞けば、何を食べればいいのか自ずと分かってくる。
主義などと大上段に構えなくても、菜食中心の食事になってくるのである。
ちなみに、肉を食べなければ体が衰弱していくとか、力がつかないというのはまったくの迷信であることを付け加えて起きたい。
肉や卵を食べなくても人間は生きていける。
動物性タンパク質をとらない方が健康な生活が送れるのも間違いのないことである。
人間が、食の本来の在り方に気づいたときには、イルカを捕獲したり
殺したりすることの是非など議論する必要がなくなるだろう。
牛も豚も同じである。そういう時代がもう間近に来ているのだ。
2007年04月06日
●イルカとの付き合い方

イルカと泳げばすべてがうまくいく、自分が変えられる、うつ病が治ってしまうと、短絡的に考えてしまうのもどうかと思う。
イルカは決して人間の人生を好転させたり、病気を治したりするために生きているわけではない。
彼らは、すべて遊び心を持って、楽しく生きている。それだけのことである。
それに人間が反応しているのは、人間の持っているアンテナにイルカの意識が入り込んできたからである。その結果として、人生が変わったり、病気が治ったりしているということなのだ。
みんなが、イルカの意識に反応するアンテナを持てば、
人間もイルカのように楽しく生きられるようになるだろう。
イルカを殺したり、見せ物にすることもなくなるだろうし、
他の動物たちとの付き合い方も変わってくるはずである。
龍村監督が言っている。「イルカは人間の言う知性とは違うかもしれないけれども、
非常に高い知性を持っています。
彼らは調和が乱れるのが嫌いで、
いつも調和を取ろうとするエネルギーを発しています。
人間だけが変な心を持つので、調和状態が崩れて、
体や心を病んでしまっています。
そういう人間と接したとき、イルカは
なんでそんなに調和が崩れているの、元に戻したらと、
そんなメッセージをエネルギーとともに送ってくれるのではないでしょうか。
それをキャッチできたときに、病気が治ったり、
人生が変わったりするんだと思いますよ。」
イルカは、誰に対しても、調和のメッセージとエネルギーを発しているのである。それを受け入れるかどうかが、具体的な変化が起ってくるのかどうかにかかっている。
つまり、受け手である人間がどんなアンテナ(=心の状態)を持っているかによって、
素晴らしい変化があったり、何もなかったりといった違いは出てくるのである。
アンテナを出そうとしない人には、どんな素晴らしいメッセージも届きようがないのだ。
自分が変わらなければどうしようもないというのは、
それを言っているのだろうと思う。
まず、自分からアンテナを出す。
生き方、考え方を変えて、アンテナの感度をアップさせる。
そういう作業を、できることから自分で行っていけば、
イルカだけでなく、宇宙全体のあらゆる情報をの交信ができて、
どんなにたくさんの人に会ったり、
どんなにたくさんの本を読むよりも
意味のあるメッセージをタイムリーに受けることができるようになるのだ。
そういった時代が間近に来ているということ。
そして、自分の意識次第で、
イルカのように楽しく生きられるようになるということを
メッセージとして送りたいと思う。
2007年04月05日
●イルカのヒーリングパワー

P105 ある日、博士が海をながめながら朝食をとっていると,一人の老婦人が博士に話しかけてきた。
「イルカと泳げるなんて素敵ですね」
彼女の声はけだるそうだった。
「最高ですよ。あなたも泳ぎませんか」
博士は、彼女をイルカの遊び相手に誘い込もうとした。
しかし、彼女は「年寄りだから」と尻込みした。
それでも、彼女にはイルカが必要だと感じたドップス博士は、
強引にウエットスーツを着せ、ゴムボートで海に連れ出したのである。
海へ出ると、イルカのパーシーが大歓迎してくれたと言う。ボートの上を何度もジャンプして飛び越したのだ。
イルカをこんなに身近に見るのが初めての老婦人は、ウエットスーツを着て、
ゴーグルにシュノーケル、足にはひれをつけた姿で身を固くしていた。
その婦人を、博士は海に突き落としたのである。
「ウエットスーツを着ていますから溺れる心配はまったくありません。
しかし、突然のことですから、彼女は恐怖でガタガタ震えていました。
そんな彼女の側へ、パーシーは優しく老婦人に触りました。
すると、恐怖でひきつっていた老婦人の顔がふっと和らいだのです。
老婦人の手が、今度はイルカに触れました。
そして、ついには老婦人はイルカにつかまって湾内をグルグルと回ったのです」
私は、目の前でその光景を目撃しているような感動に包まれていた。
老婦人の感情が恐怖から喜びに変わったのが、目の前に浮かんでくるようだった。
博士はボートに戻った老婦人に、
「イルカと泳いであなたはどんなことを感じましたか」
と尋ねた。
「涙がとめどもなく出ました。
イルカは私に清らかな愛をくれました。
私が太っていようと痩せていようと、
若かろうと、年寄りであろうと、
そんなことは関係なく私に愛をくれたのです」
彼女は嬉しそうに答えた。
後から分かったことだが、
この老婦人はうつ病で悩んでいたのだという。
若い頃には強姦されるというつらい体験もあった。
しかし、イルカはそんな彼女の過去を聞き出すこともなく、
うつ病を治療してしまったのである。
彼女は、その後も何度かパーシーと泳いだ。
そして、「イルカが水泳のコーチなんて、私以外にはいないでしょうね」と、
嬉しそうに笑えるようになったという。
彼女は、イルカの手助けを借りて、短期間に うつ病を克服したのである。
2007年04月04日
●精力剤にされるアザラシ

P167 カナダの東海岸のほとんど北極圏に近いところに、マデレーネ島という小さな島がある。
この沖では二月ごろ、野生のアザラシが出産期を迎える。
私は、1994年にこの島を訪れ、氷の上で生まれて間もないアザラシの赤ちゃんと対面した。

真っ白な毛に覆われたぬいぐるみのような赤ちゃんが、
氷の上でごろごろと転がったり、器用にハイハイしたりして遊んでいた。
アザラシは漢方薬の原料として殺されているという。雄のペニスだけが切り取られて
中国や台湾へ売られているのである。
アザラシ猟の後にはペニスを切られた雄アザラシの死体が
氷の上にゴロゴロと転がされているというのだから、
その光景は想像しただけでもおぞましさを感じる。
またたくさんの赤ちゃんアザラシが、あの真っ白な毛をはがされて、氷の上に転がされている現場も目撃したことがあると言う。

毛皮がヨーロッパへ輸出されていたのである。
「人間の健康のため、人間の生活向上のため」という大義名分がまかり通っているのであるが、他の命を犠牲にしてまでも人間の命や生活は守らなければならないのだろうか。
人命は地球よりも重いと言った政治家がいたが、

地球を犠牲にした人命尊重はあり得るのだろうか。
地球があってこその人間であり、人命でもある。
また、他の生命があってこそ、私たち人間は生きていられるのである。
やはり私たち人類は
とんでもない大きな間違いをしでかしてきたのである。
そのことに、一刻も早く気づかなければならない。
現在の詳細:
▼カナダのアザラシ猟反対署名のページ
▼Protect Seals Save Baby Seals Stop the Canadian Seal Hunt
▼VIDEO BY HSUS 50秒
▼アザラシの赤ちゃんを助けよう。
2007年04月03日
●病気にも死にも意味がある

1991年にオーストラリアでイルカと交信したとき、イルカからのメッセージに、私は大きな感動を覚えた。
数々のメッセージが届いたが、非常に印象深かったものの一つに、
という言葉があった。
世の中の出来事はすべて、いいことも悪いことも意味があって起っていると言うのである。
さらに、いいこと、悪いことといった区別は、私たち人間が勝手に決めつけているだけのことで、本当はすべてが気づきのきっかけであり、結果的にはその人の魂が成長するために起っているのだと、イルカは教えてくれた。
よくプラス発想という言葉が使われるが、それもおかしいとイルカは言う。
プラス発想というのは、
「世の中にはマイナスの出来事もたくさんあるけれど、すべてをプラスにとりましょう」
という考え方だけれども、もっと本質的なことまで突き詰めれば、
マイナスの出来事はまったく存在していない。
一見、マイナスに見えることでも、長い目で見ればプラスの出来事である。
つまり、すべてのことはプラスなのだから、プラスに発想する必要などないと言うのだ。
私たちはイルカに聞いてみた。
「イルカが人間に殺されたり、つかまったりしているでしょ。
日本で大量のイルカが虐殺されたことがありましたね。
ああいったことに対してはどう思っていますか」
1978年2月に長崎県壱岐でイルカの大量捕殺があった。
漁船約三百隻が漁場を荒らすとしてイルカ1011頭を入江に追い込んで殺し、浜辺で解体したのである。
この行為は、アメリカ、ヨーロッパの自然保護団体からの激しい抗議の的になった。
イルカたちは、一千頭もの仲間が人間に殺されていくのをどうとらえているのか、
彼らの答えに非常に興味があった。
彼らの答えを、私は驚きと感動で聞いた。
人間はイルカからいろいろなことを学ばなければならないことを、改めて知らされた思いだった。
「そりゃ、仲間が殺されることに平気なはずはない。
でも、あの大量に殺された事件にも重要な意味があった。

考えてごらん。
あんな事件があったからこそ、
人間はイルカのことを真剣に考えるようになった。
イルカとの共存が社会的なテーマになったんだろ。
それに、あんなことがあったからこそ、
あなたたちはここまで来て、
我々と交信しようという気持になったんだと思うよ。
もし、ああいった事件がなければ、
イルカと人間の関係は、いつまでも変化しなかったし、
我々との関係を通して、
環境のことなんかを考える風潮にはならなかったと思うよ。
大きな意味があって、それが今、実を結ぼうとしているんだ」
彼らの世界には、マイナスはまったくない。
すべてがプラスなのである。
現実問題として、海が汚され、彼らの住環境は急速に悪化している。
病気や奇形も増えている。その原因はすべて人間が作っているのである。しかし、彼らは人間に恨み言を言うでもないし、攻撃しようともしない。すべてを知っているにもかかわらず、彼らは恨みや攻撃といった行動をとらないのである。
それは彼らがすべてが意味あって起っていることを熟知しているからにほかならない。
そして私たち人間も、イルカのような気持でいられれば、幸せを感じられる生き方ができるはずである。
そのことを、イルカ同様、子供たちも自分の肉体を投げ出して大人に教えてくれているのだと、私は思う。
2007年04月02日
●地球に好かれる生き方

よく「地球を救おう」と言われるが、実は私たちには、地球を救うなどという大それたことなどできようがないのである。
私の知り合いが、こんな話をしてくれた。
「地球はもっともっとしたたかなものです。
人間に救ってもらわなければならないようなやわなものではありません。
いよいよ危険な状態になれば、
人間を滅ぼしてしまうくらいのエネルギーを持っています。
だから、人間が考えなければいけないのは、
地球を救うということではなくて、
自分たちが地球に好かれる生き方をすることではないでしょうか」
私はもっともなことだと感心してしまった。
地球を救うなど、人間の傲慢にしか過ぎないのだということが、
彼の話によってよくわかったのである。
たぶん、地球を救おうという生き方も、
地球に好かれる生き方も、見える部分では同じだろうと思う。

しかし、地球を救おうなどと思っていると、
今の危機は乗り切れたとしても、
「我々が地球を救ったのだ」という思い上がりが、またいつか
同じような間違いを犯してしまうことになるだろう。
地球あっての私たちである。
地球に好かれ、地球が応援してくれる生き方をしていく。
そんな意識で生きることが、私たち人間が自分たちの役割を見誤らないためにも、
重要ではないかと、しみじみと思った。
そんなことを考えているとき、新聞で佐治晴夫氏(玉川大学教授)の言葉に出会った。
「地球に優しい技術とか、自然に優しい技術というのは、
あれは人間のおごりだと私は思いますね。
人間は滅びます。簡単に。
しかし地球はそんなに簡単には壊れません。
だから、地球に優しい、などという言い方をした学生には単位を出さないことにしています。」
イルカに関する議論でも、
「イルカを獲ることには反対だけれども、
イルカを保護すると、数が増えすぎて生態系が崩れてしまうんじゃないですか」
という質問を受けたことがある。

これも、人間の傲慢としか言えない。
人間にイルカを獲ったり保護する権利があると考えるから、そんな言葉が出てくるのだ。
生態にかなりの影響力を与えるだけの技術力を人間が持ってしまったのは事実である。そのことと、人間に持たされた権利であるということは意味が違ってくる。
ある種が増えればバランスをとるために、それを減らそうという力が働く。
それが自然界の法則である。
いくら保護という名目であっても、結果的にはその法則を乱してきたのが人間のやってきたことである。それを謙虚に反省して、なるべく自然の法則には口をはさまないようにすることが、人間が心掛けるべきことのような気がする。
自然は、人間の思いのままには決してできるものではない。
支配しようと思うと、必ずその歪みが出てきて、それが
私たちの身の回りに、喜ばしくないこととして降りかかってくるのである。
今世紀、これから将来、人間の価値観は、急速に変化していくだろう。
地球に好かれ、新しい時代に生き残るためには、もうそうせざるを得ないのである。
若者や子供たちを中心に、新しい時代に生きる、新しい人類への目覚めが
確実に起ってきている。
地球の目覚まし時計が、リーンリーンとけたたましくベルを鳴らしている。
それに気づかず、いつまでもグーグーと眠っている人は、
地球から振り落とされてしまっても文句は言えないだろう。
もう目覚めたとき、それも、もうこれ以上寝過ごせばアウトという時期まで来ている。
そのことをどれだけの人が自覚できるのか、
新しい世紀での私たち人類に与えられた課題であろう。
2007年04月02日
●イルカは役割に気づくきっかけ

イルカからのメッセージというと、イルカの意識が直接語りかけてくれるように思ってしまうが、コミュニケーションの本質は、そんな次元のものではない。
イルカが夢で伝えてくれたというと、何となくロマンチックで、誰しも体験したいと思いがちだが、
神秘的な夢など重要でも何でもない。
本当に必要なことは夢でも何でもいいのだが、それをきっかけにして自分の役割に気づくことである。
夢など見なくても、ごく日常的なことで十分にきっかけとなりうる。
毎日の生活をそんな意識で過ごせば、
ゴミを出すこと、
洗剤を使うこと、
食事のことなど、少しずつ変化が出てくる。
そして、自分たちの意識が変わり、生活にその変化が反映されるようになってくると、
周りに変化が出てくる。
夫婦関係、
親子関係、
友人関係と、人との関わりが変わってくるのだ。
さらに、情報やアドバイスが非常にタイムリーに入ってくるようになる。
ある人とばったり出会い、その人の口からそのときに必要だったアドバイスが聞けたり、
暇つぶしに入った書店で見つけた書物からほしいと思っていた情報が得られたりする。
イルカに限らず高い次元からのメッセージは、そういった自然でさりげなく、それでいてもっとも有効な形で私たちに届けられる。
2007年03月30日
●人間至上主義で行われる動物実験

生命を考えていくと、現代医学の方向性が、今、大きな問題を抱えていることに突き当たる。
その問題の一つに、私は動物実験をあげたい。
新薬の開発のためには、欠かせない実験である。しかし、ここにも人間至上主義がある。
人間の命のためなら動物は犠牲になるべきだという考え方である。
どのようなむごたらしいことが行われているか、「世界の医薬産業の犯罪
動物実験業界およびいわゆる保健機関により暗黙のうちに公認されているごく日常的な実験を少し紹介してみよう。
〔イルカの自殺〕
イルカの知能はひょっとすると人間以上かもしれないとさえ言われるが、実験によるフラストレーションと不安に耐えかねて、実際に自殺するイルカもいると言われている。
〔苦痛を与えられて殺されている動物の数〕
アメリカだけでも年間9000万匹近くに上る。そのうち3400万匹が製薬会社の犠牲である。
動物だけではない、何万人という人間までもが、製薬会社の間違いだらけのしかも言いわけにしか役に立たない実験の犠牲になっている。
〔イギリス、ハンティントン研究所での実験〕
ウサギの目にシャンプー液を噴きつけると、その激しい痛みに耐えかねて普段は声を出さないウサギでさえ叫び声をあげるという(この種のテストを行ったことを認めている企業は、レブロン、ウェラ、エリザベス・アーデン、ファベルジェ、ジレット、コティ、モンテイル、ヘレナ・ルビンスタイン、ジョなど。ヤードレイは数年前に動物使用を中止したと語っている)。
〔痛みの効果を調べる実験〕
イヌやネコを熱した鉄板の上におくと、踊り狂い、灼けた手足を吹いてさまそうとする。
〔有害食物実験〕
無理矢理、有害食物を食べさせられたビーグル犬は、何日も苦しんだ挙句死んだが、その血液はチョコレート色に変色していた。
〔固定実験〕
さまざまな種類の動物が拘束衣その他固定装置によってまったく動けないようにされた結果、完全に麻痺したり発狂したりした。固定装置にくくりつけたサルたちに定期的に電気ショックを与えたところ、胃の潰瘍で次々と死んだ。
最後の一匹が死んだのは実験開始二十三日目だった。
〔歯痛と食物〕
イヌの歯の根幹にドリルで穴を開け、イヌが食物を食べるときの痛みをいかにしてコントロールするかを調べた。
〔暗闇実験〕
仔猫の両眼を縫いつけ、暗闇の中でどのような反応を示すかを調べた。
この種の実験はこれまであちこちの国で際限なく繰り返されている。
〔ラットが溺れるまで〕
ラットを水の入ったタンクの中に落とし、溺れるまでにどれくらいかかるかを調べた。
すぐに「絶望して」溺れ死ぬラットもいれば、六十時間も頑張って泳ぎ続け、力尽きて死ぬラットもいる。
〔不眠の影響を調べる実験〕
実験動物をノーブル = コリップ・ドラム(noble-Collip drums)に入れて上下に激しく振り回し眠らせないようにすると、三十日間も眠らずに耐え、ようやく死ぬ動物もあった。
という具合である。
こういった実験をへて生み出されたものは、決して「癒し」のエネルギーは持たない。
動物たちの「苦」の波動が、そこからは発せられているはずである。
たくさんの薬害問題が起ってきているが、これも動物たちの苦しみの波動によってもたらされているような気がする。
時代は大きく動いている。
それは間違いなくいい方向への動きである。
もうこのような実験は新しい時代には過去の遺物となるだろう。
しかし、もっともっと新しい時代への推進力をつけるためにも、私たち人間の犯してきた間違いには真正面から立ち向かうべきであろう。
その方法は一人一人がもっともっと意識を向上させることである。
自分のことしか考えない意識から、すべての命を思いやれる意識への向上が、今、切望されているのだ。
イルカたちは言った。
「すべてのことには意味がある」
人間が犯した罪が意味があってのことだとしたら、それは覚醒への後押しをしてくれる偉大なる反面教師である。
地球が私たちに語りかけてくれている。
「人間たちよ、早く目を覚ましなさい」
2007年03月29日
●イルカは何よりも地球を愛している

P29 何度かの交信の末、イルカは私たちに地球の危機と意識改革の必要性を強烈に訴えてきた。
「人間は自分勝手すぎる」
イルカが最初に私たちに言ってきた言葉だった。
この交信実験のことも交えながら、エステル女史と何度か話し合った。
―――――今、世界的にイルカへの関心が高まっていますが、なぜイルカなのでしょう。
そしてこれにはどんな意味があるのでしょう。
「今、地球的な意識が本当に必要とされているということです。つまり、
すべての命を尊いものだと考える意識ですね。
人間の命は、地球的な生命の大きさから言えばほんのわずかにしか過ぎないのです。
そのことを知らなければならないときがやってきているのです
私たち人間は、地球を破壊するもっとも近い道を選択してきました。
私が痛切に思うことは、人間が地球に持ち込んだ破壊への流れを
速やかに逆転させなければならないということです。
人間以外の生き物は地球を破壊しません。
人間だけが自らの利益のために自分たちの住処を愚かしくも壊しているのです
人間の歴史を見ても、この百年ほど犯罪の多かったことはなかった。
人間に、自分たちが一番偉いんだという思いこみがあったからだと思うんです。その思いこみが、
人間本来のスピリットを失わせたのです。
今大切なことは、人間個人個人が意識を高めて地球を癒していこうと考えることです。
地球は、私たちが考えている以上にダメージを受けています。
そんな切羽詰った中にいる人間にとって、大切な選択を迫られている人間にとって、
進むべき方向を示してくれる指針となるのがイルカでありクジラなのです。
イルカやクジラは、人間よりもはるかに頭がいい。
宇宙科学的なテクノロジーを存在そのものとして持っている。
物質的なものは何も持たないし、何も作らないし、何もほしがらない。
彼は生きることを楽しんでいるのです。
彼らは知的な生き物として三十万年も生きてきました。
彼らが、私たち人間に教えてくれていることは、もっと違う生き方もあるよということです。
そして、彼らが示してくれている生き方は、はるかに高度で
すべてのものが幸せになる生き方なのです。
いいですか。
イルカは個人としての自由を持ちながら、
グループとして生きる知恵もあります。
環境とも調和し、決して誰かを攻撃したりすることもありません。
喜び一杯に生きています。
私たちの感覚で言うなら、地球環境を破壊し続ける人間は、
イルカにとって最大の敵であるはずです。
その人間をも、何の批判もすることもなく許してくれている。
すごいと思う部分がそこにあります」
――――愚かしい人間にイルカは警告を発していると考えればいいのでしょうか。
「警告以外のなにものでもありません。
イルカは何よりも地球を愛しています。
そして、本来は人間もイルカ以上に地球を愛する存在なのです。
それがいつの間にか狂ってしまったのです。
そのことに少しでも早く気づいて欲しいとイルカたちは願っています。
人間はさまざまな武器を発明してきました。
さまざまな方法で他人を攻撃し、傷つけてきました。
しかし、そんな攻撃のエネルギーよりも、
本当に他人や他の動物のことを思いやれる愛の方が
はるかに大きなエネルギーを持っているのです。
私一人では地球を変えることはできません。
しかし、私に私自身を変えることはできます。
一人一人が自分自身を変えていく。
そのことが今、もっとも必要とされていることなのです。
そのことによって地球も変わっていきます。
大きなダメージが癒されていくのです。
小さな一つの原子の変化がとてつもない破壊力を持つ核爆弾を作り上げます。
目にも見えない小さな変化が全人類を破滅させるだけのエネルギーを生み出すのです。
その反対があっても不思議ではありません。
人間や他の生き物たちの一つ一つの小さな愛が、
知らず知らずのうちに地球を救う大きな愛のエネルギーを作り上げていくのです。」
――――地球が、そして人類が抱えている問題を解決するためには、方法や技術に頼らないで、
人間の心や魂という本質的な部分に踏み入らなければならないわけですね。
「その通りです。
私がセミナーで強調していることは、
他の人を悪者にしない、他人の行動や考え方に対して判断を加えないということです。
そして、自分自身の中に平和と自由があることを発見し、人間は競争し合うのではなくて協力しあう存在であることを認識するのです。
これはイルカのライフスタイルから教えられたものです。
生き方や心の持ち方さえ変えれば、地球も浄化され、
自分自身も幸せになっていくのです。
それなのに、自分が他人よりも優位に立つことばかりを考えているのが現代人なのです。
幸せになろうともがきながら、
結局は小さな幸せと大きな不幸を交換するという
愚かしい結果しか生まないということになってしまいます。
誰にでも、ひとつやふたつは心当たりがあるはずです。
今、必要とされているのは、母親が本来持っている愛です。
女性的な優しさです。
愛と一言で言ってもたくさんの種類があります。
もっとも高い次元にあるのが、無私の愛と呼ばれるものです。
見返りを求めない愛ですね。
母親の愛に打算はありません。」













